04


そして、連れてこられた先はあの店から程近くにあるワンルームマンションだった。
玄関の鍵を開け、中へと入った和成に椚が言う。

「閑ヶ原には悪いが学園の騒ぎを収めるまでここにいてくれないか?」

「ここは…」

「俺が学園の外に借りてる部屋だ。たまに玖郎の奴が勝手に上がり込んでるが」

《それで椚には不似合いなゲーム機がごろごろと》

トイレや風呂、キッチンと説明され、和成は不思議そうに椚を見つめる。

「布団は…玖郎に使わせたことはないが俺が使ってるものだ。嫌なら何とかするが…」

「別に嫌じゃない」

「そうか?」

「あぁ。それより椚は何でここまでしてくれるんだ?俺、お前にもカズにも迷惑ばっかかけてるのに」

「カズ…が、誰だか知らないが俺は迷惑だと思ったことは一度もない。お前に関してはもっと頼られたいと思ってる」

狭い部屋の中で向き合い、椚はしっかりと和成と視線を合わせて告げる。真っ直ぐに心へと届いた言葉に和成はとくとくと温かさを増した胸に無意識にほっと表情を和らげた。

「そう…か」

《良かったな、和成。それとついでだ、俺の事いっちまえよ》

「…ん。あのさ、椚。お前に聞いて欲しい話があるんだ」

玖郎に説明した時のように椚にもカズを会わせる。荒唐無稽な話でも椚は真剣に話を聞いていてくれた。

話終わると椚は何だか納得したように呟く。

「それで電話の途中で語調が変わったのか」

「あ…」

そういえば椚との電話中にカズと入れ替わったのだ。

「でもまぁ、お前が一人じゃないと分かって安心した」

「え?」

ふと向けられた椚の穏やかな眼差しに鼓動が落ち着かなくなる。

「お前は一人だと頑張りすぎる節がある。俺がずっと側にいて見てやれればいいが現実ではそうもいかない。だがその分カズがお前を見ていてくれる。これは感謝だな」

《…っ、何言ってんだコイツ。俺が和成を見守るのは普通のことだっての》

和成にとっては初めてカズにも理解を示し、感謝までしてくれた椚にふわりと嬉しそうに笑みを溢した。






夕飯を共にマンションの一室でとり、学園へと戻ると言った椚を何故か和成は引き留めていた。

「何か、自分でもよく分からないがもう少し此処に居てくれないか椚?」

「それは構わないが、お前にしては珍しいな」

《………》

いつもなら我が儘など一切言わぬ和成の無意識の行動にカズは心の内で密かに瞳を細める。
その後も和成の願いを聞き届けた椚は和成が風呂へと入り、歯を磨いた後もまだ帰る素振りを見せず、和成と一緒に時を過ごしていた。

カチカチと進む針が十一時を指す頃になってようやく和成が口を開く。

「ごめん椚。何かよく分からないのに引き留めたりして。もう帰って良いから」

「…そうは見えないが」

すくっと立ち上がった和成を椚はジッと座ったまま見つめる。

「けど、帰らないと…っカズ!?」

ふらりとふらついた和成に椚は咄嗟に立ち上がり和成の腰を支える。

「閑ヶ原?」

「っ、帰るな。お前はここにいろ椚」

「お前はカズか。何故…?」

腰を支える椚の腕をぐっと掴みカズは低い声で言った。

「和成は無意識にアンタが居なくなるのを寂しがってる」

「なに?」

「それを和成自身は理解出来てないんだ。…体を持たない俺じゃ教えてやれない。アンタが教えてやれ」

ふとそのまま身体から力を抜いたカズは椚に支えられたまま和成と入れ替わる。一瞬の事に意識を浮上させた和成は己の内側へと問い掛けた。

「―っ、カズ?お前一体何して…」

《別に何も。椚が教えてくれるさ》

「椚が?…っと、悪い」

顔を上げた和成は思わぬ距離にいた椚に驚き、ぱっと離れる。

「いや…、それより今夜は俺もここに泊まることにした」

「えっ…」

「嫌か?」

「嫌じゃない」

和成は椚の言葉に驚いたものの即答で返事を返していた。

とはいえ布団は一つしかない。
当然家主である椚に和成は布団を譲ったが、椚は客人である和成こそ布団で寝るべきだと譲らなかった。

そこでカズが二人に妥協案を出す。

《面倒臭い奴等だな。いっそ二人で寝ればいいだろ》

「……その手があったか。椚」

「ちょっと待て閑ヶ原。良く考えて…」

解決したと和成はスッキリした顔で布団にもぐり込む。そして、隣を空けて椚に入るよう促した。

「少し狭いが何とかなるだろう」

「………はぁ」

わざわざ隣を空けて待つ和成に椚は頭痛を覚えつつ、和成の隣に身を滑り込ませる。

「もっと寄れよ。寒いだろ?」

気を使って言う和成に椚は小さく息を吐くと和成の腰に腕を回し自分の懐へと抱き寄せた。

「そうだな。こうした方が幾分か温かい」

「っ、椚」

「なんだ?お前が言ったんだろう」

「そ、そうだが…これは何か…違う気が」

どきどきと速まった鼓動に和成の顔が熱くなる。同じ様に和成の反応を感じていたカズは感覚の共有を切り離すと目を閉じた。

《それじゃ先におやすみ、和成》

自分で誘った筈なのに急に居心地の悪さを感じて和成はみじろぐ。

「どう違う?カズとはいつも一緒に寝てるんだろう?」

すぐ側から聞こえた声に和成は肩を震わせた。

「カズは…俺で、家族だ。椚は違う。違うから何か…恥ずかしい」

「そうか。ならやっぱり俺は向こうで寝…」

腰に回した腕から力を抜けば逆に和成から服を掴まれる。

「それは嫌だ」

「どう嫌なんだ?」

「…きっと寒くなる。お前がいないと。さっきもそうだった」

お前が学園に戻ると言った時も。

正直に心情を吐露した和成に椚は瞳を細め、和成を抱く腕に力を込めた。

「閑ヶ原。それを寂しいと言うんだ」

「…寂しい?」

鸚鵡返しのように繰り返した和成は思い立った結論に椚を見つめるとストレートにその言葉を口にした。

「椚。俺はお前がいないと寂しい」

「椚…?」

何故か動きを止め何も反応を返さない椚に和成は首を傾げる。

「…あぁ、悪い。何でもない」

「大丈夫か?」

「何とか。…今のは少し心臓に悪かった」

「……?」

不思議そうに見つめてくる和成に椚は苦笑を浮かべ、腰に回していた片腕を解くとその手で和成の髪に触れる。
指先を癖の無い和成の髪に挿し込み、ゆっくりと梳いて椚はふっと優しく表情を崩した。

「閑ヶ原が起きるまで俺は此処に居る。だから安心して眠れ」

「椚…」

「それにお前には俺だけじゃない、カズもいるだろう?」

《……折角気を遣ってやったのにコイツは》

「椚、カズ…。そうだな」

寝た振りをしていたはずのカズは椚の発言に思わずぼやく。
だが、逆に和成は椚の言葉を噛み締めると嬉しそうに表情を緩めた。

「分かったらもう寝ろ。今日は疲れただろう」

さらさらと髪を梳かれて、その心地好さに和成の瞼が落ちていく。

「…ん」

「おやすみ、閑ヶ原」

すぅ…と聞こえだした寝息に椚は口許を緩め、囁くようにもう一人にも声をかけた。

「カズ…お前もおやすみ」

《……おぅ》

椚には聞こえないと分かっているがカズは律儀に返事を返す。

二人が寝静まったあと暫く和成の寝顔を眺めていた椚もそっと瞼を閉じる。

(お前が一刻も早く平和な学園に戻れるよう風紀は手を尽くそう)

決意を秘めた眼差しを瞼の裏に隠して、抱き締める腕に想いを隠して。

そうして、和成はカズと椚のぬくもりに包まれて心身ともに穏やかで温かな夜を過ごした。



三日後―…
学園では普通に生活する和成の姿が見受けられた。そしてその隣には、

「あ、椚。今夜も…いいか?」

「……構わない」

椚の姿があった。
編入生の一件以来生徒会長と風紀委員長の仲が深まったと校内では真しやかに噂になってはいたが、カズの知る限り二人の仲はまだ抱き合って眠る以外進展していなかった。

《ヘタレな所は弟と一緒か。まったく、男なら押し倒せよな》



END.

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